ヤジも話芸に変える高田渡「ウイスキーの唄」のしっとり穏やかな響き

「高田渡」という人をご存知ですか?

そう、日本の「フォークの神様」と呼ばれた人です。

実は近年、とても素晴らしい音楽を聴かせてくれているアーティストの中にも「高田渡フォロワー」と呼ばれる人がたくさんいます。

例えばハナレグミキセルバンバンバザール曽我部恵一原田郁子三宅洋平渋さ知らズおおはた雄一サンボマスター真心ブラザーズ真島昌利などなど。

またYMOに参加したりソロでも大人気のマルチアーティスト高田漣さんは高田渡さんの息子であることよく知られていますよね。

多くの異彩を放つアーティストたちが「高田渡ファン」で、彼から多大な影響を受けていること公言していることからもその存在の大きさが伺えるのではないでしょうか。

そんな高田渡さんについての詳細については他のサイトの記事に任せるとして、

ここでは『ゴールデン☆ベスト』というベスト盤の最後の方に収録されている「ウイスキーの唄」という曲の1989年に汐留で行われたライブの音源について書きたいと思います。

まずは実際の「ウイスキーの唄」ライブ盤の音楽をどうぞ♪

高田渡の隠れた名曲「ウイスキーの唄」

アメリカの伝統的なアコースティック音楽をそのまま拝借して、そこに少ない日本語の言葉を乗せて歌われているシンプルなこの曲に、人は心の奥深くにあるものを揺さぶられます。

この「ウイスキーの唄」という曲が、僕はたまらなく好きで、大傑作だと思っているんですけど、一般的には高田渡さんの代表曲とされているわけでもないようです。

代表曲といえばやっぱり「生活の柄」とか「ブラザー軒」あたりを誰もが最初に浮かべるものなのでしょう。

ただ、実は幸福なことに高田渡さんにはその他にもこよなく愛され続けている名曲がまだまだたくさんあるんですよね。

そんな沢山の曲たちの中で、この「ウイスキーの唄」はやっぱり不思議なくらい目立っていないように思うのは僕だけでしょうか?

出典:みどり企画

『ゴールデン☆ベスト』のライブ音源の演奏は、何かの音楽フェスで高田渡を知らないお客がたくさんいる中でのパフォーマンスのようです。

他のミュージシャン目当ての聴衆がたくさんいる中でのライブ。

演奏する前に、高田さんはポツポツと客席からのヤジを受けます。

ヤジを受けて高田渡さんはそれに返します。

「いいんだいいんだ。

こんな大きなところに

こんなに人が集まるくらいだったらば、

何かができたような気がするんだけどな」

そう言ってから、いつもと同じ調子で静かに語りかけるように始まるのが「ウイスキーの唄」でした。

ウィスキーをおくれ

ウィスキーおくれ

ウィスキーがなけりゃ

夜も明けぬ

ウィスキーおくれ

ウィスキーおくれ

ウィスキーがなけりゃ

死んでやる

腹が減ればウィスキーさ

泳ぎたくなりゃウィスキーさ

ウィスキー ウィスキー 殺しておくれ

死ななきゃ

死ぬまで生きてやる

熱いノドを抜けりゃもう極楽さ

嬉しかろうが 淋しかろうが

ウィスキー ウィスキー そらいくぞ

ウィスキーがオイラをほっておくもんか

ウィスキーをおくれ

ウィスキーおくれ

ウィスキーがなけりゃ

夜も明けぬ

(高田渡「ウイスキーの唄」)

すさんだヤジを飛ばす人の心は、どんな心なのでしょう。

ぶつけようのない、言葉にできないような、逃げ場のない人生の辛いこと、寂しいこと、悔しいこと、怒り、悲しみ、苦しみ、侘しさ、やるせなさ、孤独。

お金を払って楽しいはずのコンサートに来たのに、確かに楽しんでいるはずなのに。

世の中はバブル景気の真っ只中で浮かれているのに。

自分と自分の人生が本当に満たされることができていないことへの追い詰められた苛立ちが、きっと容赦のないヤジになるのです。

そんな客が混じっている会場で、偶然かもしれませんが、高田渡さんはこの時こう歌っていました。

「熱いノドを抜けりゃもう極楽さ

嬉しかろうが 淋しかろうが

ウィスキー ウィスキー そらいくぞ

ウィスキーがオイラをほっておくもんか」

疲れ切った夜に一人で飲むウイスキーだけが、

自分を気持ちよくして穏やかな眠りへと誘ってくれる。

喉の焼ける感じだけが、生きている実感をかろうじて感じさせてくれる。

嬉しい時に寄り添ってくれるのは、寂しい時に寄り添ってくれるのはウィスキー

ウイスキーを飲むときは、一人ぼっちな夜の気持ちを紛らわすことができる。

今日はすり減るような辛い1日だった。

気がつけば一度も心から笑っていない1日だった。

社交辞令やお愛想はあっても真心から自分に優しい言葉をかけてくれる人はどこにもいない。

自分が誰かの役に立っているとも、誰に必要とされているとも感じることができない。

だけど、自分から与えていくことで自分から変わっていこうという発想もない。知るすべもない。

だから今、信じることができるのは喉を通るウイスキーの熱さだけ。

「腹が減ればウィスキーさ

泳ぎたくなりゃウィスキーさ

ウィスキー ウィスキー 殺しておくれ

死ななきゃ

死ぬまで生きてやる」

この歌の中の人物はきっとそんな人なのでしょう。

これは、この時ヤジを飛ばしていた人の側に立つ歌だったと言えるのではないか、ある瞬間、僕はそのように確信して鳥肌が立ちました。

こんな風に人の魂へすっと入り込むことができる歌い手がどれだけいるでしょう?

日本には他に思い当たりません。

思い当たるのは、アメリカのトム・ウェイツくらいでしょうか。

ヤジさえも掛け合い芸に巻き込む高田渡の天性

出典:みどり企画

1曲目の「ウイスキーの唄」を歌い終え拍手が湧き上がる中、またヤジが飛びます。

きちんと演奏が終わるのを待ってヤジ飛ばしてるのが妙に礼儀正しくて微笑ましく感じますが。

「アンコール!」

それに対して高田さんも会話をするように返します。

「まだ歌ったばっかなのに、アンコールなんていう言い方ないと思います。

嫌味としかw受け取りようがありませんよね。

歌ってすぐアンコールというのはどういう意味なのか?

すぐ帰れという意味ですね。

いろんな客がいますね。ね?

シラフでこんなに歌えるステージも久しぶりだよね。」

「ウソつけー!!」とヤジが再び。

そして高田さん

「シラフだよ。こんなところでシラフでなきゃ歌えるかバカヤロウ。

こんな所酔って歌える所じゃないだろう。

こんな汐留かどっかのテント小屋で。」

この返しに会場が爆笑になります。
ヤジさえも話芸に変えて楽しませてしまう高田渡という人の磨かれた天性のセンス。

「うちで女房の前で歌うのと同じようなもんだよ。

恥ずかしくて歌えねーよこんなところで。

早く歌って帰りたいんだ!」

ここでまた大爆笑。

そこでまた何かヤジが。

それに対してまた高田さんも拾います。

「帰るよ!どこの客だ!?そういうこと言ったのは!」

ほとんど近所の悪ガキを叱るおじさんみたいなノリです。

こんな半ばコメディのようなやり取りをして次の「生活の柄」の演奏へ入っていきます。

大きなコンサート会場といえど、ヤジを掛け合いに巻き込んだパフォーマンスは、全国の場末の狭いバーなどで酔っ払い相手にも歌い続けてきた高田渡の世界そのもののようです。

演奏後もヤジを飛ばしていた人には「ウイスキーの唄」が届かなかったのか届いたのかは、わかりません。

ただ、もし聴いたその場では「何を歌ってんだバカだなこいつはw」と思っていても、後になって思い返した時、不意に腑に落ち、ハッとさせられる力がこの「ウイスキーの唄」にはあると感じられて仕方がありません。

人はその時こそ、ついに一人、息を呑むのです。

「ウイスキーの唄」がなぜ隠れた名曲なのか?

出典:Amazon

「ウイスキーの唄」が隠れた名曲である理由は、お酒に飲まれる人のマインドに共感できる、あるいは進んで共感できる人が少ないからかな?と想像します。

少なくともお酒に飲まれて酔いつぶれている唄を、進んで大ぴらには賞賛しにくい感じはありますよねw。

そういう理由で隠れた名曲になっているとして、その分共感する人には深く刺さる尖った曲であることもまた確かです。

ちなみに「ウイスキーの唄」が大好きな僕ですが、お酒が特に好きというわけではありませんw。

それでも共感できる何かがあるんです。こういう気持ちが理解できてしまう。理解できてよかった。なぜなら、この歌の中の人物は

どんなに投げやりに酔いつぶれていても
人間性だけは繋ぎ止めているから。

ほんのわずでも、人間的な希望を求めることをこの歌の中の人物はまだ諦めていないから。

高田渡さんのこの時の「ウイスキーの唄」のライブが聴ける【高田渡ゴールデン☆ベスト】はAmazonでも購入できます。

「ウイスキーの唄」のオリジナル音源は、『バーボンストリート』という楽しいジャグバンドスタイルのアルバムに収録されています。

アマゾンプライム会員ならプライムミュージックでいつでも無料で聴き放題ですよ♪

酒の肴にひとついかがでしょ?

では、また〜♪

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